2025年04月03日

られてしまう皺寄せを

ところで。
関西のTVニュースで終活をまだ目前に迫っていない世代(50代、60代)に勧めるお寺が紹介されていた。
住職さんは、京都の大学教授でもあり、古くから代々継承されているお寺の跡取りでもある人。
一度、人生をリセットすると、また違うものが見えてくるそうな。
今は断捨離ばかりが叫ばれるが、断捨離は宗教的な考え方がベースになっているにもかかわらず、モノを捨てたり、モノを持たないことを推奨したり、物理的な「モノ」に偏っているように感じる。

また、別のメディアで、70代、80代の、自立したお一人様が自立して暮らせる大規模コミュニティを作ったことが紹介されていた。
東京から車で1時間?
廃校になった小学校などを中心に、文化的コミュニティを形成する。
年寄りを閉じ込めるのではなく、他の世代も混えて核となるコミュニティから自由に行き来する。

ではあるが、やはり東京を中心に構想が練られるのだと感じると、少し気が抜ける。
(そこそこの?)企業に勤めた人が、退職金と年金で、一人で最期まで自立して暮らせるコミュニティだそうだ。
だが、そのレベルの人は実際にはどれだけいる??
社会の上層、上澄エッセンスのような話かと感じてしまう。
ではあるものの、絵空事ではなく、実際に今、動いていることであるには違いない。

自分の老後イメージ。
健康を害してからの、介護ヘルパーさんの助けを借りて自宅で暮らす日々。
だが、訪問介護施設がどんどん閉鎖されているらしい。
税金からの出される訪問介護費は下げられ、その分、利用者の負担額は増え、同じ介護費対策税金の割り振り配分から訪問介護費が削られてしまう皺寄せを受ける。
また調整、変動するとは思うが。
最後は介護施設のお世話になるだろう。最期は??

わたしは、お一人様ではない分、計画が甘い。
お一人様の代表でもありそうな上野千鶴子さんが、実際はお一人様ではなく、それ故、詰めの甘さを先輩女性学者に指摘されていた。
とはいうものの、上野千鶴子さんとわたしは、8歳違う。
あちらが歳上。
同世代かというと、微妙。

究極の老いの先のことを考えて能動的に選択、行動している(お一人様を含む)人々の動きが、今、かたちになって見え始めている。
時代の先端を行っていない人はもとより、遅れている人も、後から遅遅、着いて行くことになるのだろうか。
  


Posted by smithso at 15:52Comments(0)

2025年04月02日

頑張らなくてもいいの

わたしは、令和の世の中では、社会・非適合者かも知れない。
病名も、ちゃんと、つけることが出来る。
ただし、自分がまだ若く、学習期だったり、働き盛りの成人なら。
しかし、もうわたしは老後で、現役は卒業しているので、背負うものを降ろしてもよい眼袋槍
と、自分で自分を定義付けている。
ついでに、甘やかしてもいる。
べつに何もしなくてよい、と。

義務と権利がセットだとすると、義務がないなら権利もないのか?
義務を背中から降ろすと、自由が手に入るのではないのか。
自由は、義務とセットか。
じゃあ、権利と自由の関係は?
義務を果たさないと、権利も自由もないのかbikini 脫毛
義務と権利と自由の関係は?
自由を謳歌するには、責任がセット。
こんがらがってきた。

今のわたしでは、学校での学習や集団行動は苦手。
許されるなら、登校拒否になっている。 
親が厳し過ぎて、とても登校拒否はさせてくれそうもないが。

社会で働くのも、今のわたしには、能力と、やる気がないので、出来ない。
若い頃ならいざ知らず。
学んだり働いたりすることが義務だった時期を過ぎたから、もう頑張らなくてもいいのか。
目に見える立派な誇れる成果は無いが、目の前にあった義務はこなした。
それで堪忍してちょうだい。許して。もういいでしょう?

どんどん老化して、心身ともに破滅していくのだろう。
でも、好きなことをして、生きていきたい。

ちなみに、自分を解放する映画が大好き。 
他のgooブログで、面白そうな映画が紹介されていた。
2月下旬に、あまり近くない都心部の映画館で封切りされるようなので、ぜひ観に行きたい。
フェミニズムがテーマかと。

ところで。
「アートの定義は何ですか?」
と、いつもお邪魔する映像プロ(奈良在住)のブログで、読者さんの質問に、コメントされていた。
「定義はありません」
そう答えておられたような、、、。
「好き嫌い」や、「こころに響く」「響かない」は、人によって様々だろう脫毛價錢
感性は人それぞれ。
  


Posted by smithso at 15:53Comments(0)